2008年10月02日

Ghana(ガーナ)

ガーナ共和国.JPGこの地域が、注目されるのは紀元前2000年紀のキンタンポ文化の出現からです。新石器時代後期に位置づけられるこの文化の人々は、森林-サヴァンナの境界地帯に住み、交易をおこないつつも狩猟採集によって暮らしていました。2世紀頃からハニ遺跡で製鉄がおこなわれたことがわかっています。13世紀から16世紀はベゴーをはじめいくつかの町がサハラ交易の一端を担ったともおもわれますが、ボノ・マンソに見られるように地域的なものにとどまった町もあったようです。また、西方からアカン族、モシ族、エウェ族、ガン族が移住し、先住民を圧迫していきました。15世紀にはポルトガル人が到来し、エルミナなどに城塞を築き、貿易の拠点とします。その後、金が産出することがわかると「黄金海岸」と呼ばれるようになりました。
その後、ドイツ人、デンマーク人、イギリス人、オランダ人が来航し、金と奴隷の貿易を奴隷制が廃止される19世紀まで続けます。

17世紀にはアシャンティ族のオセイ・トゥ・トゥが王国を建設し、奴隷貿易で大いに繁栄します。しかし、19世紀にはイギリスがアシャンティ王国を侵略し、激しい抵抗を退け、植民地にしました。
ガーナの地図.JPG

2007年6月に沖合で油田が発見され、大きな注目を集めています。近年アフリカ最大級ともいわれるもので、数年以内に産油国の仲間入りをする可能性が高いです。今後経済成長に寄与することが期待されていますが、石油が招きがちな貧富の格差や政情不安が懸念されます。

【民族】
アカン族が44%、モシ・ダゴンバ族が16%、エウェ族が13%、ガ族が8%、グルマ族が3%、ヨルバ族が 1%、ヨーロッパ人などその他が1.5%となっている。
【言語】
アカン語、モシ・ダゴンバ語、エウェ語、ガー語などが使われる。公用語は英語。学校教育における教授言語は小学校一年生から英語でなされる。
【高等教育機関】
ガーナ大学(1948年)


posted by 無門 at 09:05| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする