2009年06月30日

秋田蘭画の近代

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1枚の絵から広がるスリリングな仮説

 「秋田蘭画(らんが)」とは、江戸時代中期に秋田藩主および藩士によって描かれた、一連のヨーロッパ絵画をさす。ヨーロッパ絵画の模写を通して、単なる模写絵画ではなく、中国絵画、日本絵画、北ヨーロッパのリアリズム絵画を混合した独特の世界を生み出した。背後には当時の本草図譜や、各種のヨーロッパ博物学図版の輸入があった。そして、そこから生み出された『解体新書』の挿絵作業が深く関連している。単なる鑑賞用美術作品ではなく、博物学と絵画が出会う場所でもあったのだ。

本書は、著者が新たな秋田蘭画と出会ったことから始まっている。その「富貴図」を描いたのは秋田藩の支藩、角館城代を務めた佐竹義躬(よしみ)である。この一枚の絵画を、著者は丁寧に言葉に置き換えてゆく。その過程で、この絵画が一見日本画のようでありながら、牡丹を実際に目の前で観察し、花、葉、葉脈、茎、枝を綿密に描き、陰影、明暗で立体感を表現した、まぎれもない「蘭画」であることが発見されてゆくのである。

さらにスリリングなのは、江戸時代の絵画が、明治初期の日本の洋画家の迷いや方法的模索に重なってゆくことだ。秋田蘭画は江戸時代中期のもので、私も江戸文化の視点でしか見ていなかった。しかし本書は、明治になってから小田野直武に注目した角館生まれの洋画家、平福百穂と秋田蘭画との深い関わりを取り上げる。百穂が一九三〇年に『日本洋画曙光』を書き、また「富貴花図」を描くに至って、それが、秋田蘭画に限りなく近づきながら、百穂という画家の感性によってもう一度「日本画」として構築し直されたことを、著者は発見する。秋田蘭画は決して消えたのではなく、明治の洋画家にその行く先を示し、日本洋画の中に流れ込んでいたのである。江戸時代に新たな世界を切り開いた秋田藩士たちと、明治時代にヨーロッパ絵画に出会って迷いながら日本独自の洋画を創り上げた画家たちとが、本書で重なり、交わった。西欧を受け容れるとはどういうことなのか、近代化とは日本人にとって何なのか、それを様々な局面で模索していた明治の人々が、江戸時代の藩士をその指針とした事実が浮かび上がり、江戸時代研究にも一石を投じた。秋田蘭画の存在の深さを改めて感じる本である。

本書のさらなる面白さは、上野・不忍池の分析である。小田野直武の作品の中で、著者はとりわけ「不忍池図」の謎に迫った。重要文化財でありながら、一般にはまだまだ知られていないこの作品は、私自身、年に一度は秋田県立近代美術館に見に行く魅力的な優品である。軸ものであるはずなのに横長の大きな、そして静謐なこの作品は、長いあいだ埋もれ、ようやく戦後になって発見された。本書はあらゆる角度から江戸時代不忍池に迫るが、そこからは、思ってもみなかった仮説が立ち現れる。それは「不忍池図」が、不忍池を望む池之端仲町(なかちょう)にあったと著者が推測する秋田藩の町並屋敷で密かに描かれた、という仮説である。さらに、絵が完成したあかつきには、秋田藩上屋敷の改築にあたり、その三階の部屋に設置する予定であったこと、それを、円窓を設置して眺める、もしくは望遠鏡によって遠くから眺める、という企画がなされたのではないか、という仮説である。

この仮説はむろん、当時の様々な事実から打ち立てられている。たとえば、不忍池が象徴する蓮の花芍薬の花から、この絵が風景画であると同時に美人画であることを、著者は明らかにする。秋田蘭画には繰り返し「円窓」が描かれるが、これらの円窓絵画は、男性を待つ中国の閨怨世界の絵画化すなわち美人画でもあった、という意味である。当時、江戸の日本人たちに大きな影響を与えた中国の李漁という人物がいた。江戸文人たちは李漁の書いた文人生活のスタイルに憧れたが、その生活空間には扇窓や円窓が描かれた。円窓は単なる仕掛けではなく、外国からやってきた「円窓の美人画」「円窓のある文人生活スタイル」というモダニズムを意味したのだ。

また、小田野直武平賀源内の家で浮絵や眼鏡絵を描いていたという記録がある。それらの絵画は商品化され、司馬江漢や北斎や広重などの風景画の源となった。これらの遠近法絵画は、レンズを使って絵画を眺める方式の絵であった。

何かを「望遠鏡で眺める」行為や、その光景を絵画に描くことも、当時多くの挿絵や浮世絵でおこなわれたことで、現実的な仮説である。本書を読みながら、私自身が望遠鏡で「不忍池図」の一枚一枚の芍薬の花びらを眺め尽くしている気持ちになった。まなざしを移しながらついに、蕾の上を歩く一匹の蟻に出会う驚きを想像すると、本当に望遠鏡でこの絵を眺めたくなった。

著者は、「不忍池図」はそのような「受容の際の瞬間までをも目論んだ革新」の絵画であると結論している。絵画そのものの分析のみならず、それが眺められる現場や、革新的な時代の空気まで描ききった本である。

posted by 無門 at 16:02| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする